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2010年12月10日 (金)

「障害」とは何か

「障害」とは何か=「障害」を言い換えれば何かという問いとするならば。

この問いに対してもっている、私の一貫した答。

「障害」は「障害」。

そもそも、なぜ「『障害』とは何か?」という問いが必要なのか。

それをきいてどうするのか。

「障害」を他の言葉に言い換えることに頭を使うくらいなら、目の前の障害者が抱えている障害からくる生きづらさに目を向けたい。

そしてその生きづらさを解消できるよう互いに考えあっていきたい。

プロとして「障害者」に接する人(医療はもちろん、福祉や教育の領域で対峙する場合など)には、それぞれの「障害」について専門的かつ一般的な知識が必要でしょう。

それでも、一個人である「障害者」に接する上でもっとも大切なのは、専門的、一般的知識よりも、目の前の個人とその実態を理解する姿勢と見方だと思うのです。

「障害」を別のわかる単語に言い換えてわかったフリをするよりも、障害者を身近に感じて、接して、関わり合っていきたい。

「障害」は「障害」。

それ以上でも以下でも、それ以外の何でもない。

そして特別な「何か」でもない。

「障害」を、何か壁のように感じて違う世界の人のように扱ったり、特別に気を遣って腫れ物をさわるように関わったりするのは、「障害」そのものに何か意味を与えてしまっているからなのではないでしょうか。

「障害」はそれとして受け止めつつ、「みんなちがってみんないい」の「いい」に目を向けて、同じ地平に暮らす仲間であることには変わりないと言うことを自然に思える社会になったらいいな。

そういう意味では、「障害とは?」っていう質問自体がなくなることが、輝宿舎の目指すひとつの理念なのかも。

バリアフリー社会と言われて久しいけれど、そして物理的なバリアーをなくす施策は増えてきたけど、日本ではまだまだ心理的なバリアーをなくそうという気運が高まってないなぁと思います。

かく言う私自身、ボランティアで知的障害の人たちと関わったり、仕事で肢体不自由の児童・生徒と関わらなければこんな思いには至らなかったかも。

心理的バリアフリー社会を実現するために最も大切で、かつ第一歩となるのは、やっぱり直接ふれあうことなんだなって思います。

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この記事は、私が「たっさん」名義で綴っている別BLOG「虹の向こうに」内「『しょうがい』ってなぁに?」(9月27日付)を、当BLOG向けに加筆・修正したものです。

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コメント

「障害」の「害」の字をどうするかという論議は僕も無意味だと思っています。
バリアフリーも、バリアがあることが前提。
そんな世の中、社会が今の日本の実情だということを認識した
上で彼らがどう生きやすく、楽しく、人間的な営みを送れるか。

俺は、現場を離れた身だけど、あなたがこうして「輝宿舎構想」に
至ってくれたこと。嬉しく、歓迎し、誇りに思います。

投稿: Gacha | 2010年12月10日 (金) 00時56分

ツィッターは初めてです。精神障害者福祉手帳所持者です。当事者会を立ち上げたいと思っていますが、現実の壁は高いです。ディケアのような受身じゃなく、当事者同士が気軽に話し合える空間が欲しいですね。

投稿: スィートバニラ | 2011年1月19日 (水) 12時41分

三障害一体という厚労省の政策は絵に描いた文字?精神障害者に対する偏見は、依然として感じる毎日です。地域で当事者達が気軽に立ち寄れるような空間があれば、自殺者も少なくなると思うのですが・・・cat[

投稿: スィートバニラ | 2011年1月19日 (水) 12時49分

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